スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

web拍手 by FC2

始球式で150km/hのビーンボール


球春到来!

視聴率の低下に歯止めがかからず「巨人戦の全国中継を見直して

パ・リーグの中継を流すことも検討中」とか暗いニュースには事欠かない日本プロ野球。

放映権料一日一億なんて時代が懐かしいなー。

それでも広告とれば黒が出たんだから、お前らどんだけ野球好きだったんだよ、って話ですね。

野球中継以外に娯楽がなかったと言えばそれまでですが。

巨人戦を切ってパ・リーグ放映なら、まぁいいんですよ。

山口住んでたときはTV点ければダイエー戦ばっかりでしたし。

でも、野球中継自体採算合わないってことで切られたりしたら堪らないですね。

お茶の間からスポーツコンテンツが姿を消すというのは管理人にはちょっと耐えられない。

漫画原作のドラマと芸人バラエティ番組でコンテンツが埋まるのは勘弁。

まぁ、巨人戦だってシゲオ政権以降はまんまバラエティのノリですがね。

ガルベスが球審にボールをぶつけて、翌日シゲオが頭を丸めて出てきたときは

このブックを書いたやつは天才だと思った。

福井の「FULL JUMP」とか炎のストッパー泡様とか。面白すぎんぞ、ゴルァ!



走れ夢へ! 向かう君へ! 伝えよう愛の鼓動



そういえば、知り合いのブログを覗いて知ったんですが

広島の金本が2000本安打を達成していたそうです。おめー、おめー。

個人的には金本の記録の中で一番価値があるのは1002打席連続無併殺打ですかね。

自身の勝負強さと走力も必要ですが、何よりチームメイトの協力と信頼関係がないと

達成できない記録です。野球というスポーツが「いかに塁上にランナーを出して

そのランナーを本塁まで生還させるか」という方法論を突き詰めるスポーツであることを

考えると併殺打をしない、ということは非常に価値があることです。

そもそも前に出塁するやつがいなかったから達成できた、とか言ってはいけない。

ぶっちゃけ金本というと、チームメイトの森笠のプロフィールに「好みの女性:藤崎詩織」と

書かせた人という印象が一番強かったりする。サーセン



G8アップデートのレポートを書く予定だったのにいつの間にか野球の話に。

なんでだろー。

web拍手 by FC2
さて、金本選手が今期に達成した2000本安打ですが

2000本安打・200勝と言えば一般的には超一流選手のステータス。

金田正一の私設団体「名球会」の参加条件も2000本安打・200勝・250Sのうち

いずれかを達成することになっています。

2008年現在のプロ野球では達成者が37人とのこと。(MLBのイチロー・松井含む)

一方200勝達成者は24人。(MLBの野茂含む)

2000本安打と200勝の不均衡さについては前々から取り沙汰されているんですが

調べてみると過去10年で2000本安打を達成した選手が10人に対し

200勝を達成したのは僅か2人。92年に北別府(広島)が達成して

次に達成したのが12年後の2004年の工藤(現横浜・当時巨人)ですからね。

当時は北別府が最後の200勝投手とか言われていたものです。

次に200勝に近いのは中日の山本昌の193勝なんですが

43歳という年齢を考えるとこの7勝が非常に遠い。

次に近い選手でも西口の151勝ということを考えると、この先しばらくでない可能性が高め。

ちなみに山本昌の本業はラジコンとカブトムシ採りである。

氏のラジコンは全国トップクラスの実力。



さて、200本安打・200勝達成者数の推移についてなんですが

達成した年代別に並べてみると以下の通り。

(■/□・・・投手/野手)



1940年代・・・ ■■■ (3人)

1950年代・・・ ■■■■■□ (5人)

1960年代・・・ ■■■■■□□ (6人)

1970年代・・・ ■■□□□□□□□□ (10人)  

1980年代・・・ ■■■■■■□□□□□□□□□□□□□ (19人) 

1990年代・・・ ■□□□ (4人)

2000年代・・・ ■■□□□□□□□□□□ (12人)



40年代は野球開催からの期間が短すぎるので除外するとして

(近代プロ野球の始まりは1936年。1リーグ制7チームのペナントレースを行った)

達成者数が徐々に伸び、80年代をピークにそこから一気に減少し90年代が底。

2000年代も依然として投手達成者は少ないですが野手達成者は既に10人出ています。

特に投手達成者の落ち込み率は野手に比べて顕著です。



達成者数もそうなんですが、個々人の記録を見ても投手記録は50?60年代がピークで

この期間に300勝?400勝という途方もない記録が生まれています。

868本塁打の王貞治や3000本安打の張本の全盛期は70年代くらいか。

これらの途方もない記録が生まれた原因を考えると

やはり球界全体のレベルに言及しないわけにはいかない。

野球黎明期の頃は、全体のレベルが今とは比べものにならないぐらいに低く

多分今の高校野球と同じかそれ以下くらいだったんじゃないかと。

その中で優れた身体能力を持つ選手がいた場合、周りのレベルが低い分相対的に

自身の能力が際だつので、とてつもない記録が生まれる可能性が出てきます。

前述の金田正一なんかは「自分らの時代の一流投手は160km/h投げていた」とか

言ってますが、そんなことがあるわけがない。

元ヤクルト監督の古田敦也が「陸上競技でも毎年記録が伸びているのに

野球に限って年を追うごとに能力が低下するなんてことはありえない」というような旨の

発言をしていましたが、至極当然の理屈だと思います。



後方二回宙返り一回ひねり、いわゆる「ツカハラ」。プロレスのムーンサルトとは違う



身体能力だけでなく技術的な点で言っても、例えば体操競技では

72年のミュンヘンオリンピックの鉄棒競技で塚原が9.90点を出し金メダルを取った

ムーンサルト(月面宙返り)も2008年現在では全国レベルに限れば小学生でも出来る技となり

加点対象かどうかも怪しい技です。今じゃ、鉄棒どころか床の基本技ですし。

古い野球人で上記の古田が語ったようなことを認める発言をしていたのは

故藤田元司氏くらいなものなんですよね。

氏の言によると酒のにおいをぷんぷんさせて打席に立つ打者が「豪傑」扱いだったそうです。

ビールを飲みながらやる河川敷の草野球と同レベルじゃん。



近年になって野手達成者の伸び数が顕著なのは、技術の向上もそうなんですが

野球用具の進歩・変遷もその一因として考えられるかと。

軽くて飛距離の出るバットや、足にフィットしてスピードの出るスパイク。

現マリナーズのイチローがアシックスと契約して製作して貰ってる

特注のスパイクは片足260gという超軽量モデルの代わりに一足100万円以上。

数試合で履き潰す、というのは割と有名な話。ブルジョワー

逆に投手の道具であるボールは、試合球として球場によって規定されているので

投手が自作ボールを抱えてくるのは厳禁です。(当たり前だ

試合球であるボールについても黎明期は非常に材質が悪く、反発力の少ない

いわゆる「飛ばないボール」だったので、時代を遡れば上るほど投手有利になってきます。

黎明期に前人未踏の投手記録が続出したのも無関係ではなさそうです。



逆に1980年代に台頭してきたのが「飛ぶボール」いわゆるラビットボールですね。

反発力が高く飛距離が出るボールを使用したため、尋常でない数の本塁打が量産。

当時のコミッショナーによってラビットボール禁止令が出る始末となりました。

それから20年後の2000年頃。

「最近野球の視聴率が下がっているがどうしよう」

「野球の魅力はホームランだからホームランがぽんぽん出たら人気回復するんじゃね?」

「よし、ラビットボールを使ってホームランを沢山出そう!」

という何ら歴史に学ばない短絡的な発想からラビットボールが長い眠りから復活。

各地でホームラン続出の馬鹿試合が展開。7時台で2桁得点は当たり前。

TVを点けたら既に勝敗が決している大味な試合が連日繰り返され

更に視聴者の野球離れは加速していきましたとさ。



言うまでもなく、ラビットボールが使用された年は打者が非常に有利になるので

防御率が悪化し、先発投手に勝ち星がつきにくくなります。

(試合を引っ繰り返されて勝ち星が消滅する可能性が高くなることや

 勝ち星が付く5回まで保たず降板する可能性が高くなるため)

90年?99年までの10年間の最多勝を見てみると、90年の斉藤と99年の上原の20勝が最高で

もっとも低い数字でも96年の斉藤・ガルベスの16勝なんですが

2000年と2001年は中日のバンチとヤクルトの藤井が両方とも14勝で受賞。

ちなみに14勝で最多勝はセ・リーグ最少記録だったりする。

ここまではっきりと数字に出てるとなんかすごい。

(※98年に横浜ベイスターズが優勝し、ストッパー佐々木に代表される

 権藤監督式の投手分業制が球界に敷衍したのもその一因と思われる)



一応それ以降は反発力を押さえたボールを使用しているそうなんですが

それでもメジャーの公式球に比べると非常に飛びやすい。

日本では一流のHRバッターがメジャーに行った途端打てなくなったり(松井・岩村)

逆に日本ではあまり活躍してなかった投手がメジャーでは大活躍する(岡島)

不思議はこのあたりの事情と無関係ではなさそうです。



余談ですが、粗悪なボールといえば野球の本場MLBでは1920年まで

ボールに唾やワセリン(ジェルみたいなもの)を塗って

意図的にボールの空気抵抗を変え、尋常でない変化球を可能にする

いわゆる「スピットボール」が禁止されていませんでした。何この公式升。

どんだけ投手有利の時代だったんだと。

ルールは時代によって変わるものというのがよく分かる事例ですね。

ちなみに球聖タイ=カッブが活躍していた時代はスピットボール全盛期だったりする。

タイ=カッブすげぇー。氏の素晴らしさは荒木飛呂彦の「変人偏屈列伝」を読んでください。

マウンドのピッチャーを拳銃の柄でフルボッコにする球聖の姿が拝めます。そこに痺れる、憧れる。



これはメロディボール



他にも「エミリーボール」なんていう技もあり、これはヤスリでボールを削って

ピンポン球みたいな無茶苦茶な変化をさせる、ある意味究極の変化球。

なんでも野手陣がグローブの中に小型のヤスリを仕込んでおいて

キャッチボールをしながらピッチャーに返すまでの間に少しずつ削っていったとか。

どうしてその努力を野球技術の向上に向けないのかと。

ちなみに日本プロ野球で上記の不正投球疑惑が持ち上がったのは

元ロッテのブライアン=ウォーレン。

相手打者の顔面スレスレから一気に外角低め外まで変化する超絶シンカーは

パワプロのLv7ナックルを見ているようでした。別名デビルボール。



上記において1970年代頃に野手の大記録が多数樹立された、と書きましたが

野手の道具という点で言うと、60年?70年代は通常のバットより反発力が高く

飛距離が出ると言われている「圧縮バット」の使用が解禁されていて

81年に当時のコミッショナーによってラビットボールと共に禁止されています。

圧縮バットと飛距離の相関関係は未だに解明されていないことになっているので

(HR世界記録を達成した王貞治は圧縮バットの愛用者だったというのがカギ)

あくまで参考に過ぎない事例ではありますが。

ちなみに張本も圧縮バットを愛用していたようで、水島新司の「あぶさん」では

牛の骨で圧縮バットをしごく張本の描写があります。



長々となりましたが、以上の点から2000本安打達成者はこの先も出てくると思いますが

大幅なルールの変更がない限りは、200勝達成者は日本球界においては

しばらくは出ないものと思われます。

まぁ、もう既に日本プロ野球なんてMLBのファームになってるんですがね。

30年間の間、新規市場の開拓やコンテンツの拡張を全くせずに

一部球団に追従する形で既存権益の保持しかしてこなかったツケが

今になって回ってきたという感じですねー。とりあえずヤクルト頑張れ、超頑張れ。






*1[FULL JAMP]

2003年5月31日の阪神戦で生まれた伝説。

9回表の阪神の攻撃の際、1番バッター赤星がバントミスをして三塁線際に小フライ。

難なくキャッチャーが捕球すると思いきや、なぜかファーストの福井(現・茨城GG)が

画面外から猛然とダッシュして現れ、横っ飛び捕球するも痛恨のエラー。

その後、阪神の猛攻で一挙11得点を挙げられ惨敗を喫した。

豪快な横っ飛びから即座に回転レシーブに繋げる一連の動きは、視聴者に強いインパクトを与えた。

当時の日本テレビプロ野球中継のテーマソング「FULL JAMP」(愛内里菜)にちなんで

「フルジャンプ福井」と呼ばるように。昇龍拳とも呼ばれる。








*2[タイ=カッブ]

メジャーリーガー。実働期間は1905年?1928年。

主にMLBデトロイド=タイガースに所属していた。

12回の首位打者、3度の4割達成、通算打率.366(メジャー記録)の記録を持ち、「球聖」と呼ばれる伝説的プレイヤー。

それまでの草野球然としたベースボールに、フックスライディング・ゲッツー崩し・クセ盗みといった

近代的野球技術を最初に考案・実践した人物とされる。

「最高の技術と最低の人格を併せ持つ人物」とも呼ばれ、その人格破綻っぷりは半端なく

自分にヤジを飛ばした観客(身障者)に対して、観客席まで乗り込んでフルボッコにしたとか

球場通路で殺気立ったチームメイトにとり囲まれた際、鞄からショットガンを取り出して

逆に平伏させた等、にわかには信じがたい伝説を数多く持つ。



「MLB最高の選手を3人挙げろと言われると難しいが、一人挙げろと言われれば

迷うことなくタイ=カッブを挙げる」と言われるほどの選手。




*3[160km/h]

超剛速球の代名詞と言える数字。

この160km/hという値は現在人の身体能力及び技術・理論の限界値とされている。

なお、2008年現在における最高記録は

MLBではマリーンズのロブ・ネンが出した164km/h

プロ野球で横浜のマーク・クルーン(現・巨人)が出した161km/hが公式に認められている。

現実世界では出すだけで賞賛ものの記録だが、野球漫画においては剛球投手の

デフォルト設定になりつつあり、高校生が平気で投げたりする。

特に水島漫画においては、実在選手の上原(巨人)や平井(元オリックス)まで

平気で160km/hを出す無法っぷり。



ドカベン・・・不知火守(162km/h)・中西球道(160km/h)・上原・平井(160km/h)

ストッパー毒島・・・毒島大広(163km/h)

MAJOR・・・茂野吾郎(164km/h)

ワンナウツ・・・倉井一(165km/h)

キャットルーキー・・・雄根小太郎(164km/h)

なんと孫六・・・甲斐孫六(160km/h) ※ナックルボールである



ちなみに管理人が知る限り、野球漫画史上最高球速と思われるのは

「ミラクルリトルジャイアンツ童夢くん」で新城童夢が

魔球サンダーバキュームボールで叩き出した300km/h。捕ったキャッチャー方がすごい。

もっとも打ちにくいと思われる魔球は「風の三郎」で武蔵三郎が投げた「光の魔球」

ボールがふれた瞬間、金属バットですら融解するので絶対打てない。

特注バットを使うと融解しないけど、手首がへし折れるのでやっぱり打てない。






[ PR ]
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

時計
プロフィール

sigen

Author:sigen
理由が無い事に意味など有るわけがない

動画
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

05月 | 2017年06月 | 07月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


NewsBoard
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
世界樹の迷宮
■世界樹の迷宮Ⅲレポート

世界樹の迷宮Ⅳ ~伝承の巨神~
当サイトは「世界樹の迷宮」シリーズを応援しています
逆引きリンク
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。