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勇者の挑戦(松山編

さてGWが始まりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?
先日愛媛は松山市に行って参りました。

JR松山駅

雲ひとつない絶好の観光日和。
いざ坊っちゃんの里へ。

しかし前回のエントリから日が空いたな…。
いまいちモチベが上がらないね。
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広島から愛媛にはクルマや鉄道で行こうとするとぐるっと迂回することになるので
随分と遠くなっちゃうわけですが、フェリー経由でいくと
意外と近くということに気付いたのがつい先日。
自宅が港まで自転車で10分という立地なのでこれは余計に好都合。

28日の朝に一泊分の荷物とハンドブックだけ抱えていざ出発。
広島港から松山敢行港までの旅客船とフェリーの二種類の方法がある。
どっちもいわゆる「フェリー」に該当するんですが
簡単に言ってしまえば前者が早い方で後者が遅い方。
まぁここは当然早い方といきたいところですが、旅客船というのはフェリーの倍早い代わりに料金が倍
かつ乗り物が載せられないというデメリットがある。
乗用車で来てる人とかは選択の余地はないんですが、自分は自転車だったので
まぁあっちでレンタサイクルでも借りればいいやってことで旅客船の方を選択。

1時間半の船旅の末、午後1時半に松山敢行港に到着。
折しもGW初日の今日は、雲ひとつない絶好の観光日和。
港に到着したらすぐにリムジンバスに乗って松山市内へ。
地下鉄で2本の博多や、モノレールで繋がっている羽田なんかの例外を除けば
地方都市の空港とか港は大体線路でつながってないので、ついたらさっさとリムジンバスに乗るのが得策。

JR松山駅に到着。
JRと敢えて書いたのは、松山市中心部にはJR松山駅と伊予鉄松山市駅が隣接しあっているからである。
位置関係的には、広島中心部を中央としてJR松山駅が9時の方向で松山市駅が6時の方向。
紛らわしいことこの上ない。

路面電車

松山のいう街の第一印象は「電車の街」である。
市内の道路の中央にはいたるところにレールが牽かれていて、何種類もの路面電車が
目の前を行き交っている。
その始まりは伊予鉄道が明治21年、松山~三津間に四国初の鉄道を牽いた頃に端を発するらしい。
夏目漱石の小説「坊っちゃん」の冒頭部分にも、三津港から「マッチ箱」のような電車に乗って
松山の中学校に赴任する様子が記述されている。(坊っちゃんは明治39年の作品)
ちなみにこの「坊っちゃん」はこのあと、松山の観光で嫌というほど目にすることになる。

余談ですが、路面電車とかモノレールいうのはほぼ二点間を結ぶだけの単純な乗り物なので
旅行者にとっては信頼性のおけるありがたい乗り物だったりする。
逆に一番ありがたくない乗り物はバス。あれに乗ってまともに目的地につけた記憶が無い。
自分が乗ってから行き先が変わってるんじゃないかとつねづね思う。

城山公園

JR松山駅から東の方向に歩いて15分。
いきなり名跡・松山城に到着。
各地の城を色々巡ってますが、松山城は他と比べてかなりデカイ城。
敷地が広すぎて半分くらいは城山公園という公園になってる。
といっても奈良公園なんかと違って、ツバがくさい動物が徘徊してるわけでもない
ごく普通の公園でした。普通って案外素敵です。

二の丸庭園

松山城には二の丸庭園と天守閣の二つの観光地があるんですが
先に行った二の丸庭園はこんな感じ。
入館料は400円くらいだったような気がする。
季節的にあんまり旬の植物がなくて、水も微妙に枯れていたけどなかなか長閑なところでした。

二の丸庭園を回った後、松山城の天守閣へ。
二の丸庭園を出て天守閣へ続く糞長い石段を延々と登ることに。
石段を登り切って天守閣前広場についた頃には息も絶え絶えだったんですが
ちょうどいいところに売店と休憩所があったので、一息ついてみかんジュースを注文。

キンキンに冷えてやがるっ…!あ・ありがてぇっ…涙が出るっ…犯罪的だ…うますぎる…。

ガッツ石松は現役の頃「減量中に1000万円と水を選べと言われたら、迷いなく水を取る」と
語ってましたが、その気持ちが言葉でなく心で理解できたでー。

松山は愛媛といえばミカンの産地ですが、売店行くと大体のところで生搾みかんジュースを売ってます。
生搾といってるだけあってこれがとっても美味い。
あとご当地ソフトクリームにいよかんソフトなんてのがありました。これも実に美味しい。

松山城天守閣前広場

さて松山城天守閣に入場。
この間行った島原城に比べて数倍大きくて、見所のあるお城。
島原城は見所がないと言ってるわけではないんですが、松山城が当時の武具・甲冑や
城の造成に使われた建築技術などを紹介して子供も楽しめる内容になってるのに対して
島原城は当時の弾圧の様子なんかを克明に記していて、観光に着てるというより
罰ゲームかなんかをさせられている気分だ。

あと、島原城は典型的な上に行くにつれて小さくなっていく小城ですが
松山城は広大な敷地に立っているので、中もゆったりしてる感じです。
城内見学は結構がっかりイリュージョンなケースが多いですが、ここはなかなか当たりでした。
ちなみに松山城の縄張り(城の基礎設計の意味)をしたのは「賤ヶ岳の七本槍」に数えられる
戦国武将の加藤嘉明。
え、知らないって?まぁ「天道」だと人材の揃ってない最初だけ活躍するけど
エースが一人入ったら、あとは一生道路作ってるだけのハンパな能力だしなー。
そんな加藤嘉明ですが、松山市は先日ゆるキャラの「よしあきくん」を作って
大々的に売り出す方向のようです。無茶しやがって…。

松山城天守閣を大体ぐるっと回った後、市内に戻るのにロープウェイを利用。
天守閣を見た後、またあの石段を下りるのかよ…とげんなりしてましたが
天守閣側からロープウェイが出てて、一気に市内に下りることが出来ます。素晴らしい。
でもよく考えたら、来る時もこれを使ってればよかったような…?

袴最高やで

ロープウェイはたった2分30秒の行程ですが、なんか旅に来てるって感じがしますね。
おそらく「坊っちゃん」に出てくるマドンナを意識してると思われるが
案内係の人も大正袴姿でご案内。やっぱり袴姿はいいですわー。大正ロマン最高やで。

ロープウェイで一度市内に降りた後、お土産通りを通って
松山市一番の繁華街「大街道」へ。400mくらいアーケード街が続く目抜き通りで
大通り沿いには三越も出店してます。
松山市ってそんなでかいイメージなかったけど、人口50万人というから驚き。
うちの出身の島根が人口70万だから…やだ、結構肉薄されてるじゃない。

大街道からちょっと歩くと「坂の上の雲ミュージカル」があります。
説明する必要はないと思いますが、秋山兄弟と正岡子規を主人公に据えて
明治の時代と日露戦争とを描いた司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」にちなんだミュージアムです。
上から見ると正三角形のちょっと変わった建物。なんでこんな形なんだろう?

坂の上の雲ミュージアム

中は当然のごとく坂の上の雲関連の資料。
そういえば小説を3巻までしか読んでなかったな~と思いつつ、ぶらぶらと徘徊。
色々と面白い資料はありましたが、産経新聞に当時(1968年~1972年)連載されていた
新聞のコピーを全部壁面に掲載していたのは圧巻。
あと、主人公の秋山好古が超絶イケメン。
小説でも色白でモテまくってたとか書かれていたけど、どうせ司馬遼太郎の創作で
実際は沖田総司と同じでヒラメ顔なんだろ、とか思ってたらガチでイケメンだから困る。
これで「本人はまったく自分の美形に関心がなかった」とか、それなんてエロゲの主人公。

坂の上の雲ミュージアムを回った後、隣接する萬翠荘を軽く見て回る。
明治当時は珍しい純フランス建築の建物で、皇族も利用していた当時一流の社交場だったとかなんとか。

そこまで回ったところで時計を見ると午後5時を過ぎていたので
そろそろ宿の方へ移動することに。
宿をとっているのは当然、松山を代表する名跡である道後温泉地域。
大街道から路面電車に乗って、終点の道後温泉駅に到着。
ちなみに路面電車はどこまで乗っても一律150円。
安いし分かりやすいし、路面電車最強すぎる。

ハイカラ道後温泉駅

道後温泉駅につくと、底から先は完全に大正風の街並み。
つか人がいすぎじゃね!?
道後温泉駅を出てすぐそばの広場「放生園」は日見渡す限り人人人。
さすがGW恐るべしと思ったが、実は理由があったことが後に判明。

道後温泉駅から道後温泉までの500mに通称「ハイカラ通り」と呼ばれる土産物通りがあります。
こ、これはハイカラですね。
道後温泉お土産はここで全部入手できるので、観光客にとってはとてもありがたい。
やっぱりハイカラだな~、憧れちゃうな~。

道後温泉前

そして道後温泉に到着。
1894年(明治27年)に作られた木造三層楼の公衆浴場。
かの文豪、夏目漱石も愛用していて「坊っちゃん」の作中でも、坊っちゃんが愛用していたことで
知られる日本有数の浴場です。まだ夕方6時過ぎなのに、既に行列がずらり。
自分も後で入る予定だったので、さっさと荷物を下ろしにホテルに向かう。

道後温泉からちょっと坂を登ったところにある「椿館・別館」に荷物を下ろし一息つく。
歴史がありそうなホテルの割りに、なぜか看板が微妙にラブホっぽ…
(いや、よそう俺の勝手な判断でみんなを混乱させたくない…)
さていざ道後温泉にと思って、身軽な格好でホテルを出ると
他の観光客は全員浴衣に羽織の温泉ファッションでしていることに気づく。
これが「DOUGO STYLE」!?
どうやら道後温泉では夕方以降に浴衣以外の服装で外に出るのは厳禁らしい。
さっそくホテルに用意されている浴衣と羽織を着用。
緑を基調とした下地に名前の通り、椿の意匠をあしらった浴衣と羽織。
同じく用意されている下駄を履いて、いざ道後温泉に。

季節は4月末の暑くもなく寒くもない、浴衣で歩くにはちょうどいい気候。
道後温泉についた頃には8時頃だったので、かなりの人だかり。
とりあえず、受付の列に並んで入場券を買うことにする。

実際に入湯するまで知らなかったんですが、道後温泉は正確には温泉というより銭湯(浴場)。
お風呂の種類は二種類あって「神の湯」と「霊の湯」
前者のほうが大衆的な浴場で、後者のほうが少人数用の浴場です。
そして、そこにそれぞれ「1階席」「2階席」「3階席」の休憩施設が用意されていて
「1階席」は単にお風呂に入るだけで、2階席は大広間みたいなところに通されて
湯上りに涼むことが出来る構造。お茶と煎餅もつきます。
3階席は完全個室でちょっとお高いという設定。

せっかく来たのに銭湯に入るだけってのも寂しいので「霊の湯2階席」を選択。
さっそく大広間に通されたので、荷物をおいて浴場へ。
浴場自体は露天風でもなんでもなく、ごく普通の浴場という感じで「あれ?」って感じでしたが
十分ゆったり出来る広さで満足。

風呂を上がった後、大広間に戻ってから、軽くタオルで髪を拭いて
張り出したベランダから欄干越しに道後の夜景を見ながら涼みタイム。
こ、これは…いい!
なんという爽快感と旅の旅情。かの夏目漱石が愛用したのも分かる心地だ。
漱石の時代に2階席があったかどうかは知りませんが。

十分に涼んだ後、ホテルに戻る前に夜の道後界隈を散策。
夜の9時過ぎでしたが、辺りは浴衣を着た人間ばっかり。
道後温泉を出てすぐ隣に、道後麦酒館という地ビールを出すお店がありました。
なんという神立地…。自分は酒を飲まないけど、酒を飲む人ならこの誘惑には逆らえまい。
ハイカラ通りを過ぎて、道後温泉駅前広場「放生園」まで行くとまたも人だかり。
この放生園には「坊っちゃんカラクリ時計」というのがあって
今みたいな観光シーズンには30分に一度、カラクリが作動するようになっている。
時計を見るとちょうど9時半前。さっき道後温泉に来た時に人だかりになっていたのも
ちょうど6時だったからである。

夜中はガス灯でライトアップ

21時半になると、音楽が鳴り出し、時計板が裏返りマドンナが出てきて
時計台の上の部分から天守閣みたいなのが伸びて、最後にマドンナが観光案内を始めました。
なかなか金が掛かってる仕組みだなと感心。
辺りはガス灯の柔らかい光に包まれてちょっと幻想的な雰囲気。

全部言えるかな?

さて、最初にちょっとだけ紹介しましたが、松山市には夏目漱石の「坊っちゃん」に関連した
施設や名称が沢山ある。
例えば野球場の「坊っちゃんスタジアム」とか市内を走る「坊ちゃん電車」
今見たのは「坊っちゃんカラクリ時計」だし、坊っちゃん関連のモニュメントもずらり。
坊っちゃん人形が売りだされ、土産物にも坊っちゃんの名称がついたものは枚挙にいとまがない。
しまいにはパチンコ「坊っちゃん」である。
お前らは坊っちゃん村の村人かっつの!

漱石の「坊っちゃん」と言えば今更札名の必要もない傑作大衆小説。
がしかし、読んだことのある人ならわかりますが、あれって東京から松山の高校に赴任してきた
「坊っちゃん」が全編通して松山市の田舎っぷりを貶しまくってるんですよね。
結局坊っちゃんは1ヶ月ほどしか松山にいなくて、二度とこんな所にくるかと捨て台詞を吐いて
東京に戻って鉄道助手の仕事についてジ・エンドですからね。なんつー話だ。
世が世なら松山市民からクレームが付いても文句が言えない内容だぞ。
まぁ、そんな坊っちゃんでも「道後温泉だけはいい」とフォローされてるので、いいのか…な?
よくよく読み返してみると「全然松山を褒めてねーじゃねぇか!」ということに気付いたのか
最近は「坊っちゃん」より「坂の上の雲」に観光資源の方向をシフトしてきてるそうです。

まぁ、坊っちゃんが売り出されるのはいいんですが、問題はマドンナ。
なんかどこを見てもマドンナが坊っちゃんの彼女みたいな扱いでセットになってるんですが
作中でマドンナなんか数ページしか出てない上、台詞も一言もなかったような。
というかそもそもマドンナの役柄って坊っちゃんの彼女どころか
最初は登場人物の一人で非イケメンだけど好青年の「うらなり君」の婚約者だったのに
うらなり君が左遷されたら、速攻で教頭の「赤シャツ」に乗り換えてる
肉食系ビッチの走りみたいな女性ですよね。なんでこんなに押されてるのか理解不能。
俺が読んだ「坊っちゃん」は偽物で、本物は「贋作坊っちゃん殺人事件」だったりするのか?



まさか、宿直の時に寝床にイナゴを入れられたのが、幻覚剤の服用による幻覚だったとは…。
つまり何が言いたいかというと「坊っちゃん」のヒロインは清さんなので
松山市はもっと清さんを売り出すべきである。



さて翌日。
朝はのんびり「スマイルプリキュア」見てから、軽く朝食を取って荷物をまとめて帰宅の途へ。
たった一日なのに、外に洋服で出かけることに既に違和感。

帰りの道すがら、ハイカラ通りで実家へのおみやげを購入。
松山の名産といえば「ミカン」「タルト」「じゃこ天」
ミカンとじゃこ天は知ってますが、タルトが名産とは知らなかった。
なんでも江戸時代に当時の藩主が長崎から取り寄せたことから郷土お菓子になってるそうです。
タルトには一六タルトと六時堂タルトの二種類ありましたが、よく分からんので前者を購入。
坊っちゃん人形とか、地酒とかもろもろを購入して宅配便に投げ込む。

放生園までいくと、ちょうど9時だったのでなんかまた時計の前に人が集まってました。
その人だかりを横切って、すぐ近くにある伊佐爾波神社を参拝。
結構格式のある神社のはずですが、境内はわりかし狭い。
そのくせに石段は長めという観光客泣かせの仕様。
やはり旅行に来たら現地の神社に参拝をしないと落ち着かない。
厄除けのお守りを購入しておみくじも引く。ちなみに末吉でした。

郷土料理

道後公園にある正岡子規記念博物館を見て回った頃にはちょうど11時半のいい具合だったので
道後温泉近くにある「伊予のごちそうおいでん屋」というところで昼食。
松山の料理といえば「伊予すし」「鯛めし」等の海産物。
鯛めし・地だこの刺身・貝汁という瀬戸内海の海づくし料理を堪能。
さすが鯛めしは美味いすな~。

子規が見た庭の風景?

道後温泉駅から路面電車に乗って、最後の観光地「子規堂」を尋ねる。
「子規堂」と銘打ってますが、実際は松山市駅の裏側にある
拝観料も50の値段相応のうらぶれた家屋って感じです。
一応当時の正岡子規の家をそのまま残しているとのこと。
子規堂の傍まで行くと黒服の軍団がぞろぞろと脇の林から出てきてびっくりしたけど
子規堂自体がお寺の敷地内にあって、ちょどすぐ横で葬式をやっていた模様。
目の前で見知らぬ爺さんが号泣していて、言葉に出来ないびみょんな気分。

坊っちゃん列車

伊予鉄松山市駅からJR松山駅までいく途中で「坊っちゃん列車」に搭乗。
「坊っちゃん」作中で描写された当時の車両をできる限り再現した記念列車で
JR松山市駅-大街道-道後温泉を結ぶ単線路線。
いざ乗ってみるとさすが当時を列車を再現しただけあって狭い。
そして遅い。多分時速20km/hちょい?そしてクソ揺れる。
普段より高い金を出して不便な乗り物に乗るって、観光客って不思議な生き物。

JR松山駅からシャトルバスに乗って松山観光港へ。
そこから行きと同じく旅客船に乗って1時間半で広島港へ。
一泊二日の短い行程でしたが、実に有意義な旅行でした。
機会があったらまた行きたいところです。
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